ピカチュウ誕生秘話

1996年、任天堂株式会社の携帯ゲーム機「ゲームボーイ」のソフトとして発売された『ポケットモンスター 赤・緑』。発売後、そのおもしろさが話題になり、子どもたちを中心に多くの人を夢中にさせた。その人気は日本国内にとどまらず、海外にまで及び、世界中の人が『ポケットモンスター』、ちぢめて『ポケモン』という存在を知ることとなった。その中でも、いちばん有名なポケモンといえば「ピカチュウ」である。

『ポケットモンスター 赤・緑』(以下『赤・緑』)では、主人公がパートナーとして選ぶ「フシギダネ」「ヒトカゲ」「ゼニガメ」のような、最初の3匹に入っていたわけでもなく、ゲーム中に「野生のポケモン」として登場する、多くのポケモンの中の1匹であった。

そんなピカチュウの人気は一体どこから生まれたのか。ピカチュウのかわいらしい容姿は、その要因のひとつかもしれないが、初期のピカチュウのデザインを見返してみると、今よりすこしぼってりとしたフォルムで、どうも最近のピカチュウとは姿が違うように見える。
思い返してみると、人気を得たきっかけのひとつに、『ポケットモンスター』がテレビアニメとして放映されたことがあるだろう。主人公サトシのパートナーとして登場したピカチュウは、明るくはっきりとした黄色の体に赤いほお、そして「ピカ!」という鳴き声が相まって、多くの人をとりこにしたのだ。そこからピカチュウの人気にさらに火がつき、『ポケモン』はテレビアニメのみならず映画化もされ、さまざまなグッズも作られ、イベントにも登場するなど、実に多くの分野で活躍するようになっていった。
そんなピカチュウの「誕生」については、これまで詳細が語られてこなかった。はじめてピカチュウが登場するゲームソフト『赤・緑』の中において、どんな思いがあって、どんな経緯でデザインされたのか—
今回はその「ピカチュウ誕生秘話」を、これまで未公開だったピカチュウの初期段階のイラストを交え、お届けする。
みんなの大好きなピカチュウは、いったいどのようにして生まれたのか!?
発売から22年の月日が経った、いまだからこそ語られる秘話を公開する。

「ピカチュウ誕生秘話」における
中心人物

今回は『赤・緑』の開発者であり、特にピカチュウの誕生に大きくかかわった3人のクリエイターに話をうかがった。

KEN SUGIMORI
杉森 建
株式会社ゲームフリーク創設メンバーの1人で、『赤・緑』では、キャラクターデザインや公式アートなどを担当。現在は同社取締役。
KOJI NISHINO
西野 弘二
株式会社ゲームフリーク所属のプランナー。『赤・緑』では、ゲームプランナーとしてフィールドマップやポケモンの出現率・強さなどのデータ設計を主に担当。現在も同社のプランナー。
ATSUKO NISHIDA
にしだ あつこ
『赤・緑』では、キャラクターデザインを担当。現在はフリーのイラストレーターとして『ポケットモンスター』シリーズのキャラクターデザインにも参加。

『かわいいのもほしい』

まず、「ピカチュウがどうやって生まれたか、あるいは、誰がデザインしたのか」ということについて、なぜこれまで語られてこなかったのでしょうか?

杉森:ピカチュウに限らず、ポケモンのデザインにおいては、1匹のキャラクターを生み出すのに複数の人間がアイデアを付け加えたり、デザインを修正したりと、複雑な工程を経ていることが多いのです。そのため、「このポケモンは誰がデザインしました」という風に、簡単に言ってしまうことを避けてきました。お伝えするならば、細部まで経緯を語れるところでお伝えしたかったんです。

では具体的に、ゲームのキャラクターデザインとは、どういうものなのでしょうか?

杉森:キャラクターデザインだけでなく、ゲームデザインそのものが関わってきます。ポケットモンスターって、タイトルどおり《ポケットに入るようなモンスター》同士を戦わせるゲームだったんです。当時僕は、《モンスター》というくらいだから、いかつい見た目をしているものだとばかり思っていたら、途中から「かわいいのもほしいよね」となったんですよ。社内にデザイナーがあまりおらず、僕がメインでやっていたんですが、男子の目線でデザインしていたので、かわいいポケモンっていう考えには及ばなかったんですね。なので、にしださんのような女性のスタッフにも、そこから加わってもらったんです。

「いかついポケモンだけでなく、かわいいポケモンも」となった理由は、何かあったんですか?

杉森:ポケモンを戦わせるだけではなくて、「集めて交換する」というコンセプトを強化するためには、交換がおもしろくないといけません。「交換して、どんなポケモンがほしいか」というと、人の好みは多種多様なので、バリエーションがたくさんなければいけないですよね。いかついポケモンだけではバリエーションに限界がありましたので、不気味なポケモンとか、大きいポケモンとか、メカっぽいポケモンとか……いろんなパターンを考えた結果「やっぱりかわいいポケモンは、もっと必要だよね」となりました。もともとデフォルメされた2頭身のポケモンが戦っていたので、かわいくないわけじゃなかったんですが、一般的に怪獣みたいな形のポケモンが大多数をしめていたので、なにかしらもっとかわいいポケモンを足していこう、となりました。

『その名も「ゴロチュウ」です』

ピカチュウを作るにあたって、何かオーダーはあったんですか?

にしだ:特にモチーフの指定はなく、ゲーム的な仕様として「でんきタイプ」「2回進化する」というオーダーでした。それに基づいてデザインしたのがピカチュウとライチュウでした。

杉森:「でんきタイプ」で、かわいくしてほしいということは言われなかったの?

にしだ:言われていないですね。「最終形態は強そうにして」というオーダーはあったんです。そう、実は、当時はライチュウの次があったんです。その名も「ゴロチュウ」です。牙を剥き出しにして、ツノまで生えていて、雷様みたいな感じだったんです。

その「ゴロチュウ」は、なぜボツになってしまったんですか?

西野:ゲーム的な仕様で、ピカチュウは1回だけ進化するポケモンになってしまったんです。

杉森:見た目に何か問題があったということではなく、ゲーム的なバランスによるものですね。

西野:ゲームのデータ容量の問題もありました。当初は2回進化する予定のポケモンの中から、1回だけ進化するように修正したりして容量を節約しなくてはいけなかったんです。ピカチュウは最初の3匹でもなかったので、そういうポケモンは削る対象になりやすかったです。

杉森:そういえば、名前は、にしださんがつけたんでしたよね。

にしだ:「でんきタイプ」なので、電気が光る「ピカ」って感じで考えて。「チュウ」は、ねずみを意識していたわけじゃないんですけど、響きで決めたというか、大きさも含めて、いろんな要素を組み合わせて思いついた名前でした。ピカチュウって特別ねずみっぽいかたちをしていないですし、そもそもねずみポケモンには「コラッタ」がすでに存在していたので、特にねずみにするような意図はありませんでした。

杉森:ねずみポケモンっていうのは後付けでしたね。設定のテキストを書いた田尻(※)がそう決めたはずです。

  • 株式会社ゲームフリーク代表取締役、田尻智氏

『本当になんでもやっていました』

ところで、最初に主人公が選ぶ3匹は、どなたがデザインされたのでしょう?

杉森:フシギダネ・ヒトカゲ・ゼニガメは、全部にしださんですね。

にしだ:私は各ポケモンの最終形態から逆算してフシギダネ・ヒトカゲ・ゼニガメのデザインを作っていったんです。リザードンに進化したときにびっくりしてほしかったので、最初のヒトカゲは、リザードンが想像できないようなものを意識してデザインしました。

杉森:カエル・トカゲ・子ガメなどの小動物を飼うという体験は、現実味があってゲームの入口として親しみやすいですよね。最初からパートナーキャラがいかついと感情移入しづらいことには、気づいていました……。

杉森さんが「かわいいポケモン」としてデザインされたのは、どのポケモンになりますか?

杉森:ピッピっていうポケモンは僕が考えたんですが、あくまでモンスター型の「かわいい」であり、そこから先の広がりはなくて(笑)。

当初は、どのくらいの人数でやっていたんですか?

杉森:本職のデザイナーだけではなく、プログラマーが兼任していたパターンを含めたとしても3人です。全員男性でした。そこに、にしださんを入れて4人です。ちなみに、ゲームフリークの社員がそもそも10人足らずでした。

西野:人数が少ないので職種が入り乱れて、本当になんでもやっていました。ゲーム中のリソースも作るし、プログラマーがデザインも作るし。

にしだ:なにせ人が足りなかったので、ほかの作品をやりながらでもお互いに助け合うみたいな感じだったと思います。

『閃いたんです』

そういった状況の中で、ゲームの中にピカチュウを登場させるためには、実際にどんなことをされていたのでしょうか?

にしだ:紙にイラストを描くようなことはせず、いきなりパソコンの画面にドットを打っていきました。頭と体の区別がない「大福」のような生き物の顔をドット絵で……。当時、私にリスのブームが来ていて(笑)。リスを飼ってはいなかったんですが、動きがコミカルで飼いたいと思っていました。そこで、ほお袋に「でんき」を貯められたらいいなって閃いたんです。ハムスターだとエサをためると体全体がまるくなるんですが、リスはほお袋だけ丸くなるんですよ。

杉森:そのあと、西野の「かわいさ監修」がはたらきます。西野はこう見えて、かわいいものにとてもうるさいんですよ。

西野:とにかくかわいいものが大好きで。ピカチュウなんてまず名前の響きでかわいいなって思うじゃないですか。自分の中でどんどん好きな気持ちが強くなって、どんどんかわいくしてほしくなって。

にしだ:デザインを提出するたび、西野さんから「もっとかわいくして」と言われて、それがくやしくて! 西野さんに首を縦に振ってもらうために頑張っていました(笑)。

具体的なデザインの話をお聞きしたいのですが、ピカチュウの耳の先端が黒いのは、なぜなんでしょうか?

にしだ:たぶん「大福」だった頃のなごりですね。

杉森:ゲームボーイって色が表現できなかったんです。だから、こういう白と黒だけで表現できるわかりやすい塗り分けをしていたんじゃないかな。

しっぽもすごく特徴的ですよね?

にしだ:「でんきタイプ」ということを表す、かみなりのパーツをつけたくて、こういうデザインにしました。

背中の模様は?

にしだ:そんなに深く考えていませんでしたが『ポケットモンスター』シリーズのバトルシーンでは、自分のポケモンの後ろ姿が常に画面に映るんですよね。だから、つるんとしているよりは何かあったほうがいいって感じでしたね。

ゲームボーイでは色が表現できなかったということですが、ドット絵を元に描き起こす色付きの公式アート(以下、公式アート)を作成される際に、杉森さんが色を決定したのでしょうか?

杉森:ゲーム開発末期に、スーパーゲームボーイという、テレビにゲームボーイの画面を映して遊べるハードに対応することになりました。このハードを使うと、ゲームボーイだとモノクロ表示だったポケモンに1色だけ色を付けて表示することができたんです。そこで、それぞれのポケモンに色を設定していったのですが、基本的には属性色というか、タイプを表現するわかりやすい色を当てることになりました。ピカチュウに限らず、『赤・緑』当時の公式アートは、すべてドット絵を元にして描いていましたので、黄色のピカチュウの公式アートが誕生したというわけです。

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